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SEIANOTE

成安で何が学べる?
どんな楽しいことがある?
在学生の制作活動から卒業後の活動までを綴る
「SEIANOTE(セイアンノート)」です

ABOUT

学生時代、あの頃の決断に 「間違ってなかったな」と思える“今”

INTERVIEW

卒業から14年目

学生時代、あの頃の決断に
「間違ってなかったな」と
思える“今”

住居空間や店舗空間など、人が集う場をデザインする松本直也さん。
現在の仕事に至るまでには、在学中に手がけたプロジェクトが大きく影響していました。
そんな松本さんの仕事と、在学中から現在までの一筋縄ではいかない道のりを紹介します。

松本直也さん

デザイナー/株式会社松本直也デザイン代表

1982年大阪府生まれ。2005年に住環境デザインクラス(現:住環境デザインコース)卒業。卒業後は設計施工会社、野井成正デザイン事務所を経て独立。プロダクトから住居、商業空間まで、幅広くデザインやプロジェクトを手がける。


椅子から建築まで
人が集う空間を演出するデザイナー

 椅子などのプロダクトから、住居空間やお店、そして建築まで、規模の大小はあれど、立体的なデザインを手がけるのがデザイナー・松本直也さんの仕事です。
 例えば、2014年にデザインした椅子「Dear K(ディア K)」は、ある家族のためだけにつくられたもの。


ある家族のキッチンデザインを依頼されたとき、キッチンを使うお母さんの身長に合わせてキッチンの高さを決め、そこに座る使い心地の良い高さの椅子をゼロから提案した「Dear K(ディア K)」。

 松本さんの仕事のなかでいちばん多いのが、お店などの商業空間のデザイン。大阪・玉造にある美容室「ARUBEKKI HAIR(アルベッキヘアー)」は、松本さんが提案したデザインコンセプトがお店の名前にまで影響したとか。
「もともとの空間がコンクリート打ちっぱなしの状態で、キレイだったんです。だから『あるべき姿をそのまま使おう」という話になり、それで店名が『アルベッキヘアー』になったんです」


真鍮の照明や、奈良の杉をそのまま使った『ARUBEKKI HAIR(アルベッキヘアー)』。時間をかけてゆっくりと変わる空間を、お客さんも楽しんでいる。家のかたちをしたキッズスペースも。

 限られた予算のなかで、依頼主の求める以上の提案をするのもプロの仕事。松本さんは、照明や建材も加工せずにありのままの状態で使用しました。素材がむき出しの照明や壁は、少しずつ時間をかけて色やかたちを変化させていきます。その結果、ゆるやかな時間を刻む時計のような空間に。
 松本さんが手がける空間には、そこにもともと備わっていた魅力を、より多くの人が「いいな」と感じられたり、気づけるように手助けするようなデザインが随所に散りばめられています。
「ものや空間を“つくる”だけなら、誰でもできるようになってきている時代だからこそ、自分の色を持ちながら、きちんと考え方(コンセプト)を説得できて、はじめて空間のデザインや設計が成立すると思うんです。僕はそこに“カッコイイ”とか“オシャレ”とかの次元を通り越して、自分が携わることで新しい世界観や価値観を提案し、それがきちんと評価されるよう“結果”にこだわる仕事をしたいと思っています」


学生のときに使っていた食堂を
デザイナーとしてリニューアル

 成安造形大学開学20周年を記念してリニューアルし、今では学生たちのオアシスとも言える『コトコト食堂』も、松本さんのデザイン。学生たちに「コト食(しょく)」の愛称で親しまれ、ときにはマルシェやイベントにも使われる『コトコト食堂』誕生には、学生時代にリニューアル前の食堂を使っていた松本さんならではの工夫があちこちに。


毎日学生で賑わう『コトコト食堂』。食堂の名前は学生たちからの公募で決定。エントランスのロゴや手描きのメニューは「学生たちにも関わってもらいたい」という松本さんの提案で、当時の在学生が手がけた。

「僕が在学中の食堂は、ただ長机と椅子が配置されて、本当にご飯を食べるだけの場所だったんですよ。リニューアルにあたり、200人が入れることと、ひとりでご飯を食べる学生が多いのでカウンターと充電できるコンセントをつくってほしいというのが、要望としてありました。それを聞いて、200人を収容するなら、集まる目的が“ひとりでゲームやパソコンをしながらご飯を食べること”だけでなく、自然に人が集まれるデザインがこの場所には必要なんじゃないか? と考えたんです」
 学生同士が集まったり、マルシェをしたり……。自由に配置を変えられるように、テーブルはひとりでも持てるコンパクトなサイズに。また、映画鑑賞会やイベント、プレゼンもできるよう、プロジェクターやシンクも設置。


“でっかいことをやってみよう”
学生たちに伝えたかったこと

 ある日、『コトコト食堂』の打ち合わせで成安造形大学を訪れた松本さん。ふらりと古巣である住環境デザインコースの教室に立ち寄り、ちょっと懐かしい“葦(よし)のオブジェ”を目にします。住環境デザインコースでは、琵琶湖に生える植物「葦(よし)」を使ったオブジェ制作の授業があります。松本さんが在学中は、5人ほどのチームで制作していたため、かなりスケールの大きな作品が生まれていたそう。
「僕の記憶にある葦の授業は、すごく大きなものをつくるイメージだったので、学内に展示されている学生たちの作品が少し小さく、スケール感にギャップがありました。そこで、先生に『有志を募って、大きなものをつくってみませんか?』と提案したんです」

 こうして完成したのが、松本さんと学生の有志たちで制作期間わずか2日間で生まれた1日限定オープンの『葦BAR』。この制作には、松本さんらしいメッセージが込められていました。
「僕が学生の頃は、葦を使っていかに面白いかたちや構造をつくれるか? としか考えていなかったんです。でも、この仕事は「つくること=人が集う空間をつくること」に直結する。場をつくることで、いろんな人に集まってもらえる環境が生まれることを経験してもらえたら……と思っていました」




学生時代の経験が
新しい道につながった

 学生時代に経験することが、その後に進む道に大きく影響することがあります。松本さん自身もそうでした。松本さんが住環境デザインクラス4年生だったとき、前期のゼミで琵琶湖を一望できるキャンパス内に、カフェテリア『結(ゆい)』をつくることになりました。教員や学生たちみんなで設計からデザイン、実際に建てるところまでセルフビルドで行ったのです。この経験が、松本さんの卒業後の進路を大きく変えることに……。
「当時、京都の設計事務所にインターンで通っていたんです。卒業後もデザインの仕事をしようと思えば、『このまま就職させてください』と願い出ることもできた。『結』をつくっているときに、自分のやりたいことがかたちになっていく楽しさも感じていたんですけど、一方で、現場に出て作業をすると知らないことばかり。『なんてものを知らないんだ……』と痛感しました」


今では学生や地域の人たちの憩いの場として“成安の顔”ともいえるスペース『結(ゆい)』。このときお世話になった材木屋さんに、松本さんは10年後『コトコト食堂』の材料を依頼。


 “自分はまだ何も知らない”。この経験から、松本さんはインターンをしていた設計事務所に就職を願い出ず、大阪の設計施工会社に就職。
「これからデザインの仕事をしていくなら、卒業後すぐデザインの世界にどっぷり浸かるよりも、遠回りになるかもしれないけど、現場で施工を手がける会社に就職して、いろんなことを学んだほうがいいんじゃないかと思いました」
 設計施工会社に勤めながら、「デザインや設計の仕事をしたい」という想いをずっと抱いていた松本さん。就職して3年、松本さんいわく「今だ!」というタイミングで退職を決意しました。次の就職先が決まっていたわけでもなく、「今後どうしようか……」と思っていたとき、学生時代の友人を介して、関西を代表するインテリアデザイナー・野井成正さんに出会い、野井さんから施工の仕事を依頼されます。これが、設計施工会社での最後の仕事になりました。

 「野井さんがデザインした物件の施工を担当したことが、そのあと野井成正デザイン事務所で働くきっかけになりました。現場で野井さんに『若いのに現場のことをよく知っているね』と言ってもらえたとき、“学生時代のあの判断は間違ってなかったんやな”と思いました」
 紆余曲折を経て、ようやく携われたデザインの仕事。しかも、業界を牽引するトップクリエイターのもとで――。刺激的な日々のなかで、学びと経験を積み重ねた6年後、松本さんは独立します。
「野井さんのところにお世話になったのは24歳になった頃で、最初に『30歳までは面倒をみるよ』と言われていたんです。退職を申し出たのは、ちょうど30歳になったときでした。野井さんにそのことを言ったら『えっ! そんなん言ってたっけ!?』って忘れてましたけど(笑)」


学生時代の自分に
声をかけるとしたら……
「意外と好きに生きたらいいんちゃう?」

 在学中に現場を経験したことが、大きなターニングポイントになった松本さん。さぞかしストイックにものづくりに励む学生時代をおくっていたのかと思いきや……「ふざけてましたよ。先輩や友達とお酒ばっかり飲んでました(笑)」との答えが。大学生活と卒業後から現在までの経験を振り返りながら、松本さんはこう続けます。
「今でも“成安にいて良かったな”と思います。成安は“常にフラットな場所”だったので、外に出たときにいろんなことが新鮮に見える。これは在学中、京都や東京などの都会に行ったときにも感じていました。社会に出ると、それがより強くなりました。一般大学の建築科などを卒業し、いろんな知識を持った人にたくさん出会うんですけど、自分は知らないことも多かったりする。これは僕の性格もあるかもしれないですけど、そこでコンプレックスを感じたり、卑屈になったりせず、“知らないこと”を素直に受け入れて吸収することができました」

 「学生時代の僕に、何かアドバイスをするとしたら……ひとつは本を読むことをすすめたいです。人と会話して、コミュニケーションを育むためにはやっぱり知識って結構大切なんですよ。自分よりも経験も知識も豊富な人に出会ったとき、共通の言葉や、ある程度の知識があれば、もっと深い会話ができる。僕は学生時代に本を読まなかったタイプなので、社会に出てから読むようになりました。なので当時の僕に「本を読んでおいたほうがいいよ」って言いたいですね(笑)。
 あともうひとつは、“意外と好きに生きたらいいんちゃう?”ってこと。根を詰めて、正攻法で考えていくのもわかるんですけど、思っていた以上に食いっぱぐれることはないので。“就職の実績だけがすべてじゃない。感じたり、思ったことを信じて、好きなことをやったらいいよ”と言ってあげたいです」