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SEIANOTE

成安で何が学べる?
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在学生の制作活動から卒業後の活動までを綴る
「SEIANOTE(セイアンノート)」です

ABOUT

思い描くイメージを大切に育み続け、 学生時代に表現したかったことが今の仕事に

INTERVIEW

卒業から12年目

思い描くイメージを大切に育み続け、
学生時代に表現したかったことが今の仕事に

フリーランスのコスチュームデザイナーとして、ミュージシャンのステージ衣装や広告のスタイリングなどを手がける前嶋章吾さん。
表現する人の動きによって、美しいかたちが生まれる前嶋さんのコスチュームはまるで”人が着る彫刻”のよう。その原点は、成安で過ごした4年間にありました。

前嶋章吾さん

コスチュームデザイナー

1985年滋賀県生まれ。2008年にファッションデザインクラス(現:コスチュームデザインコース)卒業。卒業後は衣装会社、スタイリスト小泉美智子のアシスタントを経て独立。ミュージシャンのステージやMVから広告まで幅広く衣装デザイン、スタイリングを担当。


学生時代に追い求めた
理想のイメージが現実に

 コスチュームデザイナーとして、ミュージシャンの衣装や広告のスタイリングを手がける前嶋章吾さん。体の動きに反応して布が様々なかたちを生み出し、舞台に立つダンサーやミュージシャンをより一層引き立るのが、前嶋さんの衣装の特長です。2016年からは、ミュージックビデオに衣装が採用されたことを機に、アーティスト・Coccoさんのステージ衣装も担当。


[写真1枚目]「Cocco 20周年記念 Special Live at 日本武道館2days 〜二の巻〜」より。(photo by nanaco)
[写真2枚目、3枚目]雑誌『SWITCH』Vol.35 NO.12 DEC2017(スイッチ・パブリッシング刊)より。(photo by nanaco)
[写真4枚目、5枚目]「Cocco Live Tour 2019“Star Shank”」より。(Photo by Shidu Murai)

Cocco 『藍色血潮 (short ver.) 』「沖縄のウタ拝2016」より。


 水のように流れたり、ふわりと雲のように膨らんだり、まるで”人が着る彫刻”のような前嶋さんの衣装。そのルーツは学生時代にあります。
「ファッションデザインクラスに入学したときから、”自分のブランドを持ちたい”とは思っていませんでした。表現をする人になりたくて、そのときいちばん興味があったのが『服』だったんです。それで、コンテンポラリーダンスの公演を観に行ったときに”いいな”と。学生のときの作品発表って、どうしてもファッションショーになるんですけど、洋服をお客さんが目にするのは一瞬なんですよね。でも、舞台やダンスなら、衣装も作品の一部だし、表現でもある。ドイツの舞踊家ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踏団の衣装にも感銘を受けて、『服』を仕事にするなら衣装の世界なのかなと思いました」


前嶋さんの卒業制作作品。「当時は”現代美術でもないし、ファッションでもないし、何がしたいのかわからない”ってよく言われましたね。自分のアウトプットを模索して、立体造形クラスで溶接を習いに行ったり、3年時には構想表現クラスに移ろうとも考えていました」

 卒業制作で発表した作品は樹脂でつくったドレス。頭の中でイメージしていた女性が着ているもので理想的なかたちを求め、人が着用していなくても成立するようにテグスで固定したのだそう。「服」というより「彫刻」のようなこの作品は、これまで前嶋さんが手がけてきたコスチュームに通じるものがあります。
「あらためて見ると、リアルに存在する人か、イメージの中に存在する人かの違いで、今も当時も、根底の考え方は近いものがあると思います。卒業制作の作品は、イメージの中に存在する人の空気感を衣服で表現したかった。だから、テグスと樹脂を使ってドレープを固め、繊細な表情を出して制作しました。今は制作した衣装を着る人がリアルに存在し、その人が着て動くことによってイメージした以上に一瞬一瞬、綺麗で繊細な空気感が生まれています。そう考えると感慨深いものがありますね」


前嶋さんのアトリエ。彫刻をつくるように立体裁断でかたちを探ったり、花を使って布を染めたりと、さまざまなコスチュームがここから生まれている。

 服づくりのプロセスには、寸法をもとに紙の上でデザインを組み立てていく平面裁断と、ボディ(トルソー)に布をあててシルエットをつくっていく立体裁断の2通りがあります。前嶋さんのコスチュームづくりは立体裁断。布をふわっ、ふわっと、何度もなびかせながら美しいラインを探っていくのだそう。
「偶然生まれたラインが着たときに面白い動きをしたり、計算できないかたちをつくれるのは立体裁断ならではかもしれません。手で動かしてみたり、自分で着て動いてみたり(笑)、外に置いて風が吹いたときの見え方を観察したり。かたちを決めるのは制作の中でもいちばん時間がかかりますが、まずは着用する人の雰囲気や動きをイメージしながらかたちをつくり、次に実際に着用してもらい、その人の動きに合わせてカットラインなど、細かく調整を繰り返して仕上げていきます」


“作品としての衣装”ではなく、
人のためにつくる衣装が楽しい

 大学生の頃から、コスチュームデザインに興味を持っていた前嶋さん。卒業後は衣装会社で働きはじめましたが2年で退社。次に進む道を模索するなかで、今の仕事につながるきっかけを掴みます。
「社会に出て、多くの人が経験すると思うんですけど、理想と現実の違いにぶつかるというか(笑)。今でこそ当時を振り返って、”いい意味で鍛えられたな”と思えるんですけど、仕事を辞めた頃は精神的に最悪な状態で。”これからどうしようかな”と考えていたところに、大学の先輩の結婚式で新婦のドレスと新郎のベストをつくることになったんですね。そのときにあらためて”人のために衣装をつくるのはシンプルに楽しいな”と感じられて。もう一度、衣装をつくっていきたいと思えました。まわりのスタイリストが衣装をつくれる人を探していることも多かったので、そうしたオーダーを受けるようになり、同時にスタイリストのアシスタントも始めました」


「しんどい時期を抜け出すきっかけになった」と言う、先輩の結婚式のために制作したドレス。

 組織に属さず、フリーランスではじめた衣装制作。依頼されたデザインをもとに衣装をつくるなかで、オリジナルでつくっていた1着のドレスがコンテンポラリーダンスの衣装に採用されます。
「当時は外注の仕事ばかりだったので、”こういう衣装をつくってほしい”とデザインがあってつくることが多かったんですけど、退職した頃、自分の気持ちを整理するために1着だけつくったドレスがあったんです。ミュージックビデオの衣装の依頼を受け、衣装合わせのときにそのドレスを持って行ったら気に入ってもらえて。それまで自分のデザインに自信が持てなかったんですけど、少し認められた感じがして嬉しかったですね。そのあたりからコスチュームデザインの仕事も徐々に増え始め、スタイリスト・小泉美智子さんの後押しもあり、アシスタントからコスチュームデザイナーとして独立することになりました」


ダンサーがまとう白いドレスは、前嶋さんが退職後に唯一制作したオリジナルデザインのもの。

 前嶋さんのコスチュームデザイナーとしてのキャリアスタートは、奇しくも学生時代に興味を持っていたコンテンポラリーダンスと繋がります。衣装はいわば、着る人の”表現”とともに世界観をつくりあげるひとつのツール。アーティストやダンサーなど、表現する人たちとの仕事はいつも刺激的だと前嶋さんは言います。
「表現する人たちと一緒に仕事をすると、自分の感覚をふっと引き上げられたと感じるときがあります。僕は自分ひとりで考えていても、煮詰まることが多くて。仕事を辞めて時間があるときにつくれたのは1着だし(笑)。”この人に着せる”と、人ありきのほうがイメージが湧きやすいし、自分ひとりでいろいろ考えても、それを相手にぶつけたときに想像もしなかった方向からのアイデアが飛んできたりもする。これまでつくったものを見ても、相手と意見を交わしながら思わぬ方向に進むほうが、正解なことが多い気がします」


まるで楽園!?
想像以上に楽しかった大学生活

  今でも桜の季節になると、コースや世代を超え、東京に住む卒業生たちに声をかけ、代々木公園で花見をするほど、成安生とのつながりを大切にしている前嶋さん。なんでも、成安造形大学での4年間は、日々をほぼ大学で過ごすほど楽しかったのだそう。
「実は高校時代、まわりの環境に馴染めなくて(笑)。大学では、能動的に楽しむように動いていました。学生数も少なかったので、クラスの同期とはもちろん、上下の学年間や先生とも距離が近かったこともあり、様々な考え方や手法で作品づくりをする人たちと意見交換したり、他クラスの友人たちと一緒に作品がつくれたことはとても良い経験になりました。大学時代に“かたちは違っても、みんな何かをつくっている環境”に身を置けたことは幸せだったと思います」

 「大学時代の環境に恵まれていたぶん、卒業したての頃は気持ちが折れそうになることもありました。今、当時の自分に声をかけるとしたら”その環境はあたり前じゃないぞ”と教えてあげたいですね。ただ、どこにいても自分が描くイメージや世界観を大切に育み続けていれば、結果につながっていくこともあると伝えたいです」