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SEIANOTE

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在学生の制作活動から卒業後の活動までを綴る
「SEIANOTE(セイアンノート)」です

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「仕事」と「制作」。“つくる時間”を積み重ねる2つの顔を持つデザイナー

INTERVIEW

卒業から5年目

「仕事」と「制作」。“つくる時間”を
積み重ねる2つの顔を持つデザイナー

グラフィックデザイナーとして、役場や企業などの建物内のサイン計画を仕事として手がける一方、WebサイトやSNSでは数々のオリジナルプロダクトを制作し、発表する辻尾一平さん。多忙な日々のなかで「仕事」と「制作」を両立する現在のスタイルのルーツは、大学生活の過ごし方にありました。

辻尾一平さん

グラフィックデザイナー

1992年大阪府生まれ。2016年にグラフィックデザインコースを卒業後、トラフ建築設計事務所、TAKAIYAMA inc.を経て、2019年に独立。フリーランスのグラフィックデザイナーとして、サイン計画や商品企画立案、ロゴデザインを手がける一方、自主的な制作を続け、WebサイトやSNSでの発表を続ける。
>>Tsujio design


言葉は不要。ひと目でわかる
デザイナーの仕事と自主制作の作品

 「珈琲」「牛乳」の文字が刻まれた、一見シンプルなグラス。そこにミルクを注ぐと「牛乳」、コーヒーを注ぐと「珈琲」、そしてカフェオレ(珈琲牛乳)なら両方の文字が浮かび上がります。注いだ瞬間、目の前で小さなイリュージョンが起こるこのグラス「Foglass」をつくったのは、グラフィックデザイナーの辻尾一平さん。


2020年に制作された「Foglass」。1枚目から4枚目の写真は、すべて同じグラス。注ぐものの色によって、グラスの文字が消えたり、出現したりする。オンラインストア「TOAL shop」にて販売され、話題となった。

 辻尾さんの主な仕事は、ロゴデザインやサイン計画。「サイン」とは、施設を訪れる人が迷うことなく目的の場所にたどり着けるよう表示するもののこと。例えば、建物のフロアマップやトイレマークなどのピクトグラム、スペースを色やアルファベットで分類し、考えなくても「見ればすぐわかる」ナビゲーションの役割を担います。どんなビジュアルにするかはもちろん、設置する大きさ、高さ、素材なども含め、空間の中で情報をデザインするのです。


宮城県山元町役場のサイン計画(2019年/TAKAIYAMA inc.での担当案件)。


島根県邑南町にある、「いわみ温泉 霧の湯」のロゴ、サイン計画を担当(2021年)。

 最初に紹介した「Foglass」は、実は仕事ではなく、辻尾さんが自主的に制作したプロダクト。ほかにも、組み立てて一輪挿しとして飾れるレターセット「hanategami」や、光の屈折を利用して、花を挿すとキュビズムの絵画のように見える花器「Cubism flower vase」など、どれもひとひねりある作品が、辻尾さんのWebサイトやSNSにずらり。その数なんと10種以上。


[写真1枚目、2枚目]2019年に制作した「hanategami」は、クラウドファンディングで支援を募り、商品化。オンラインストア「TOAL shop」で発売中。[写真3枚目、4枚目]2020年に制作した「Cubism flower vase」。花器の中と外で植物が異なる表情を見せる。

「公開している作品は、ここ2年くらいの間に仕事の合間をぬって制作したものです。自分では、仕事と自主制作とは切り分けています。仕事だと、いろんな人が関わりますし、施工や機能など現実的な問題もクリアする必要があるので、アイデアよりは条件の中でクオリティを重視して実現する一方、自主制作はアイデア優先。『これ面白いんじゃないかな?』とピュアに思うものをかたちにしています」


作品はどこから生まれる?
ひとりきりの制作秘話

 ここでふと湧き上がる疑問がふたつ。ひとつは、独特の仕掛けを持つプロダクトたちが、どのように生まれるのか? もうひとつは、多忙な仕事の合間で自主制作を続けられるものなのか? まずひとつめの疑問。どこから着想し、どうやってつくられているのか、辻尾さんに尋ねてみると……。
「アイデアはポンと出てくるというより、気になった“現象”をスマホにメモし、作品制作のときに見返して、A4の用紙にアイデアをバーっと書き出していきます。例えば、モニターの電源を切ると、意外と画面にホコリがついていることに気が付いたりしませんか? そういった“現象”のメモをもとに『グラスの色、飲み物の色、印刷の色で、消えたり出現したりする効果を出せるんじゃないか?』と考えていきます」

[写真1枚目]辻尾さんがスマホにメモしていたものの一部。壁の凹みや部分的に劣化した鉄板、雨でにじんだ看板の文字、絵画の額のような窓など、何気ない日常の中からアイデアのヒントをすくい取る。[写真2枚目]メモをもとに膨らませたアイデアスケッチ。

 “現象”から発想する辻尾さんの作品は、アイデアを言葉で説明しても伝わりにくいもの。目に見える「かたち」になってはじめて「あ!」と、人を惹き付けるインパクトと“現象”の共有が可能になります。
「『Cubism flower vase』のように、特殊な効果を持つものは、モックアップ(試作)をつくってみないとわからないので、実際につくります。これは自分で型から制作して、樹脂を加工してつくりました。自分で完成形がイメージできるものは、素材を見つけて撮影し、写真を合成して制作するものも多いですね」


[写真1枚目]「Cubism flower vase」制作過程。型から制作し、樹脂を流し込み、研磨まで自身の手で行う。[写真2枚目]「Foglass」の試作。縁取りとベタ塗り、2種類の「珈琲」の文字で、狙った効果が出せるものを探る。

 とはいえ、辻尾さん自身「仕事8:自主制作2の割合が理想」と語るように、制作は仕事とは別のところにあります。仕事にはクライアント(依頼主)と納期が存在しますが、誰かに依頼されているわけでもなければ、展覧会のように発表の締め切りもない制作をコンスタントに続けられる理由はどこにあるのでしょう?

「SNSには制作物しかアップしないようにしているんですけど、前回アップした日から間があいてくると『そろそろ何かつくらないと』という気持ちになるんです。自分のペースを崩さないためにも、できるだけSNSに上げるようにしています。それに、見てくれる人が増えることは単純に嬉しいですし、気が引き締まります。こうした制作のペースも、メモ魔になったのも、手を動かして自分でつくるようになったのも、遡ればスタートは大学の卒業制作だったような気がします」


他領域の教室に自分の机まで確保!?
「つくること」が習慣化した卒業制作

 辻尾さんが「現在の制作のルーツ」と語る卒業制作の作品は、50音順に並んだ引き出しの中ひとつひとつにプロダクトが収められた『コトバのオキバ』。
「例えば、『す』の引き出しにはスプーンとプールのはしごを組み合わせた『スプール』、『に』には『虹』の文字を7つのパーツに分解し、ある方向からのみ重なって見える『ニジのモジ』など、それぞれの言葉から発想したプロダクトを50音でつくりました」

卒業制作作品『コトバのオキバ』(2016年)。[写真2枚目]プールのはしごの先がスプーンになっている『スプール』[写真3枚目、4枚目]虹と同じように7色のパーツからなる『ニジのモジ』。[写真5枚目]「な」の引き出しに収められた『ナイスキャンデー』。[写真6枚目]銭湯の入浴券を石鹼にレーザーで刻印した『石券』。

 数もさることながら、驚くのはプロダクトのクオリティ。作品を展示する引き出しもすべて辻尾さんが制作したそう。
 「この引き出しも全部、造形ラボ(木工・樹脂・塗装作業を行うための学内専用施設)で教えてもらいながら、ずーっと木を削ってつくってました(笑)」


『コトバのオキバ』の展示風景。作品を収めた引き出しも、棚も、すべて辻尾さんがデザインし、制作。

 成安造形大学には、プロダクトやインテリアを学ぶ「空間デザイン領域」があります。卒業制作の作品を見ると、一見、辻尾さんは「空間デザイン領域」卒業なのかと思いきや、入学したのも、卒業したのもタイポグラフィやパッケージデザイン、広告などを主に学ぶ「グラフィックデザインコース」です。
「入学する頃はまだ知識がなくて、『いちばん食いっぱぐれがなさそうなのは、グラッフィックデザインかな?』という程度で、漠然としていたと思います。入学後のひとり暮らしがきっかけで、インテリアや空間に興味を持ちはじめ、空間デザイン領域の授業を受けて、さらに詳しく学びたいなと。それで2〜3年生の頃、大学に通いながら社会人が通うインテリアの学校にも週1回、1年間通ったりしていました」

 グラフィックデザインコースに属しつつ、他領域の授業でも学び、大学3〜4年生の頃には、ちゃっかりと空間デザイン領域の教室に自分の机を確保し、制作をしていたという辻尾さん。成安造形大学では入学後の転領域も可能ですが、その必要性はなかったと言います。
「基本的にどの授業も受けようと思えば受講できる環境なので、空間デザイン領域への転領域は考えてなかったですね。自分の軸はグラフィックにあったので、『将来はインテリアの仕事をしよう』とも考えてなかったですし。それよりも、興味のあることを時間があるうちに学んでおきたかったんです。好きなことなので、学んでおいて損はないと思っていました」




 大学とインテリアの学校の双方から出される課題の制作に手一杯だった時期が過ぎると、いよいよ卒業制作がスタート。4年生の1年間は、50個近いプロダクトをひたすら制作する日々でした。
「グラフィックデザインは、パソコン1台あればどこでもできてしまうので、固定された“自分の場所”を必要としないんですけど、僕の場合は作業する机がないと試作がつくれないので、他領域の僕に“自分の場所”をつくってもらえたのは嬉しかったです。何が良いかって、日々のローテーションの中で迷う要素がない。朝来て、ものをつくって帰る。これを簡単に習慣づけられたんです」

 アイデアのヒントを探して観察&メモし、手繰り寄せたそのヒントから、新しいかたちをつくり続けた卒業制作。頭も手もフル回転した1年の間に、辻尾さんは自分の制作ペースをすっかり身につけていました。
「大学4年間のなかで、卒業制作をつくっているときがいちばん楽しかったですね。毎日つくることを経験し、習慣化されたことが、4年間で得た大きな変化でした。つくるものや、方法論は当時よりも整理されてきましたが、今も続いている制作の基礎は、この頃にあると思います」


卒業後も追い求めた「好きなこと」
「やりたいこと」を続けられる環境

 卒業制作『コトバのオキバ』がきっかけで、建築の設計からプロダクト、舞台美術など領域を横断して活動する「トラフ建築設計事務所」に声をかけられ、働きはじめた辻尾さん。これまでは、グラフィックデザインと空間デザインの領域を自由に行き来していたものの、仕事となるとそうはいきません。
「僕はグラフィックデザイナーなので、建築の図面を引くことはできません。そうすると、働いているのは建築設計事務所なので、最終的にできる仕事がなくなってくるんです。自分ができることでは、会社に貢献できない。これは、かなり辛いものがありました。そこで、会社とも『グラフィックデザインの仕事をしっかりやったほうがいいんじゃないか?』という話になり、入社して1年くらいで『トラフ建築設計事務所』とよく仕事をしているグラフィックデザイン事務所『TAKAIYAMA inc.』に転職しました」


 転職後、サイン計画から展示空間、ロゴなどのグラフィックデザインを担当し、経験を積んでいった辻尾さんでしたが、多忙を極める日々の中で、制作をする時間を確保するのは困難でした。
「なかなか休日に制作することも難しく、ただ『つくりたいな』という想いがずっとありました。転職して2年ほどが経過した頃、タイミング的にも平成から令和になる年だったので『いいタイミングだな』と思い、退社して独立しました」

 2019年に独立してからは、徐々に制作も再開。最近では、WebサイトやSNSで発表した作品をきっかけに仕事の依頼が来ることも。
 「作品がベースでお声がけいただく仕事に関しては、まずアイデアが求められていると思うんですね。そういう場合には、自主制作に近いアプローチで取り組むことが多いです」


独立後の2020年、常磐精工主催のコンペに3人のチームで参加した、卓球台になるホワイトボード『ASOBOARD』が最優秀賞を受賞。商品化が予定されている。辻尾さんはアイデアやコンセプトを担当。

 学生時代から「好きなこと」「やりたいこと」に“どっぷり”浸れる環境を追い求めて身を置き、「考える」「つくる」トレーニングを積み重ねてきた辻尾さん。社会人となった今もそれは変わらず、仕事と制作の双方で「考える」「つくる」時間を重ね続けています。
「頭に思い描いていたものを実際に手を動かしてつくっていると、想像を超えて『おっ!』となる瞬間がたまにあるんです。その感覚を何をつくるときでも味わえるようになりたいですね。自分が思っている以上のクオリティが出せるように手に覚えさせるというか、ビジュアライズの力を向上させていきたいです」

 そんな辻尾さんだからこそ、学生時代の自分におくるアドバイスは少々辛口でした。
 
 「理屈っぽくて、あまり聞く耳を持っていない学生だったので、きっと当時の自分に何を言っても響かないと思うんですけど……。ひとつ言うとしたら『もっとビジュアライズに力を入れたほうがいい』と、アドバイスするかもしれません。学生の間は、自分の作品をみんなに説明して評価される『合評』があるので、説明することを前提に制作することも多かったように思います。ただ、パッと見たときに『面白そう!』『カッコイイ!』と、人が惹きつけられる感覚って、説明して共有するのはすごく難しいんですよね。そういうことを、もう少し早い段階から意識できていたら良かったですね。……でも、当時そこまで考えていたら、卒業制作は到底間に合ってなかったと思います(笑)」